10/17/2004

ビル=エヴァンス トリオ「パリ コンサート」


CD蒐集が興じてくると、新品で買うほどでもなく中古盤で見つかれば買っとこう、というようなアイテムがいろいろ出てくる。再発の新品で買おうと思っていたら、いつの間にか廃盤になっていたりということが、何度か繰り返されているものもある。ジャズは中途半端にマイナーなジャンルなので、レーベルが倒産したり売買されたりして、発売元を転々とすることもある。それでも発売され続けるところが、ジャズの根強いところだろう。

 1980年代後半からしばらくの間、日本のレコード会社によるジャズ関連の復刻ブームが巻き起こり、こんなものまでCDになるのかと驚かされるほど、マイナータイトルのCD化が進んだ。おかげでマスターテープを再チェックするなどの作業が一気に進み、貴重な音源を発見すればそれが商売になるという、ある意味いい状況をもたらしてくれた。

 インターネットの時代になって、世界のマニアがこぞって自分のお気に入りのアーチストに関する専門サイトを立ち上げるようになり、情報の共有は一気に加速している。これはなにも今日ご紹介する、ビル=エヴァンスのような超メジャーアーチストの場合に限ったことではない。なかには、随分充実のサイトだなと思って見ていると、アーチスト本人が運営している場合もある。いずれご紹介することになると思うが、契約の切れた自分の音源をインターネットで公開している人もいる程だ。

 さて、今回の作品は、僕がこれまで何度となく中古CD屋さんの棚で見かけて、しばらく手に持って買おうと決めながら、直後により魅力的なものが発見されて、仕方なく手放してしまい、次にお店を訪れた時にはもうなかった、というようなことでなかなか買う機会がないまま、ずっと気になり続けていた、というものである。アマゾンの輸入版セールのカタログに入っているのを見つけて、この度めでたく購入となった。

 ビル=エヴァンスは白人のジャズピアノを代表する巨人であり、彼が確立したスタイルは、ジャズに限らず、彼以降の世代の幅広い領域のピアノ演奏家に、いまなお影響を与え続けている。1950年代半ばからプロとして活動をはじめ、1980年に亡くなるまで約25年間に渡って常に第一線で自己の演奏スタイルを貫いた演奏活動を続けた。ピアノ、ベース、ドラムという編成のピアノトリオによる音楽スタイルを確立したのは、バド=パウエルと言われるが、エヴァンスの功績は、このスタイルによる表現の多様性と奥深さを飛躍的に高めたことだ。

 この名声は、1959年から約2年間に編成されたトリオで録音された4枚のアルバムにより、確立されたものといってよいだろう。その4枚とは「ポートレート イン ジャズ」「エクスプロレーションズ」「ワルツ フォー デビィ」「サンデイ アット ザ ヴィレッジ バンガード」である。メンバーは、ベースにスコット=ラファロ、そしてドラムがポール=モチアンだった。一言で言ってしまえば、それまでリズムをメインに担当していたベースとドラムが、メロディやハーモニー、そしてリズムとは異なる意味での音楽の時間的広がりの演出という、それまで主にピアノがメインに担当していた領域に大きく出てきたのである。結果、3人が対等の関係で音楽を展開し、時にスリリングに時にリリカルにと、まるでクラシック音楽のような大胆な表現が、即興で行われるという表現世界が生まれた。「何だそれは」という方は、とにかく上記4つの作品を聴けば一瞬にして理解できます、ハイ。

 エヴァンスはその名声の一方で、なかなか多難な人であった。それは先の名トリオの重要メンバーであるラファロが若くして突然事故死してしまったあたりから、始まっている。私生活でも決して幸福ではなかったようだ。その後、彼のトリオは様々なメンバーが去来することになる。先にご紹介したキース=ジャレットのトリオのメンバー、ゲイリー=ピーコックとジャック=ディジョネットも時期は異なるがエヴァンストリオのメンバーを務めている。そのせいか、当初は意図的にエヴァンスの有名レパートリーを演奏することを避けていた、とジャレットがインタビューで語っているのを読んだ記憶がある。それほど、エヴァンスの存在は大きいのである。

 今回のご紹介する「パリ コンサート」は、彼の最後のトリオによるコンサートを、2枚のCDに収録したものである。1990年代になって、同じメンバーによるこれより後の録音が発表されるまでは、公式に発売されているものとしてはエヴァンス最後の演奏と言われており、そのことが僕にはずっと気になっていた。エヴァンスはこのメンバーによるトリオについて、あの黄金のトリオに匹敵するものだと、非常に自信を持っていたらしい。僕自身は、ともかくエヴァンス最後期のピアノが聴ければいいや、という程度の期待であったのだが、実際に聴いてみると、ピアノはもちろんトリオとしての出来も予想以上のものだった。僕の耳にもエバンスの自信は確かにそう感じられた。

 このコンサートでも、黄金トリオのレパートリが演奏される度に、大きな拍手が沸き上がる。ピアノのソロ演奏で始まる「マイ ロマンス」が、トリオ演奏に入ったところで、エヴァンスがテーマの音をはずしているが、それが何か過去の呪縛に対する彼のささやかな抵抗のようにも聴こえた。そして最後の「ナーディス」でも、冒頭に激しくアブストラクとなソロ演奏が展開され、続いてベースのマーク=ジョンソン、そしてドラムのジョー=ラバーベラ(サックス奏者パット=ラバーベラの兄弟)のソロがたっぷりと堪能できるロングヴァージョンである。おまけとして、2枚目の最後には、最晩年のエヴァンスの肉声(インタビュー)も収録されている。

 いろいろな災いを乗り越えて、ピアノでの表現を追求し続ける姿勢に、「う〜ん、いいねぇ〜これ」というようなところを遥かに通り越した、熱い感動が身体のなかを流れた。この作品に対する評価は様々のようだが、僕自身としては、エヴァンス本人のいう通り、あの黄金メンバーによる4枚に決して引けを取らない、彼自身の充実感が伝わってくる傑作だと思う。

The Bill Evans Webpages 公式(?)サイト—ディスコグラフィやバイオグラフィなど

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