3/06/2004

ライ・クーダ/ヴィム・ヴェンダース「エンド オブ バイオレンス」

東京にある大型展示場で最近「セキュリティーショー2004」なる展示会が開催され、たいそう賑わったのだそうだ。その名前からも推察されるように、ドアロックや監視カメラ、セキュリティシステムなど防犯設備や用具の総合展示会で、賑わいの背景には昨今の物騒なご時勢があることは自明である。僕の周りでも泥棒に入られたりひったくりに遭ったりとそうした被害を受けた人が少なからずいる。防犯意識というのは、人間に対する性悪説だから、どことなく寂しいものだ。でも起こる時は一瞬だ。財産を奪われる、場合によっては命がなくなる。起こってしまってからでは遅いのだ。犯人が捕まることと、償いはほとんどの場合、結びつかない。社会の所為にするか、他人の所為にするか、それで納得できないのなら自分の所為にするか、それを金で賄うか、やはり妙な商売である。

さて、今回のCDは映画のサウンドトラックである。つまり本当に紹介したいのはその映画の方ということになる。えぬろぐでは初めての映画だ。断っておくが、これが僕にとってのベスト映画というわけではない。無人島に持っていく1枚のDVDにはあたらないかもしれない。しかし2000枚程もあろうかというCDコレクションの一方で、DVDはまだ10枚前後というなか、僕がわざわざ所有しているのだから、それなりのお気に入り映画ではある。

映画のタイトルはずばり「暴力の終り」。誰もが望むところかと思いきや、これは意外に簡単な問題ではない。それがこの映画の結論でもある。監督のヴィム=ベンダースは、映画通にはかなり有名な人だ。世のなか的評価での彼のベスト3は「パリ・テキサス」「ベルリン天使の詩」そして「ブエナヴィスタ・ソシアル・クラブ」だと思う。本作はそれら3作に共通する、見終わった後に残るどこか心地のよい切なさのようなものはない。ストーリは難解ではないが、ラストシーンに表現される主人公のテーマに対する結論はなかなか難解である。暴力の終り、すなわちあらゆる集団にとっての平和な社会の実現とは、そういうものなのだろう。

この作品には、暴力の他に重要なテーマがもう1つある。それは「情報化社会」である。いま現在の僕自身の職業柄、その点が僕をこの作品に惹きつけるのだろうと思う。作品の発表は1997年だから、撮影が行われたのは1995,6年頃であろう。世間から身を隠さねばならなくなった主人公のバイオレンス映画プロデューサ、マイク=マックスがロス郊外のキンコーズでメールをチェックするシーンで使われるのは、懐かしいNetscape Communicator Ver2.0である。他にも携帯電話やパソコンを使ったテレビ電話、そして街中に設置された監視カメラ、そして監視衛星などが、物語の重要な舞台装置になっている。

ストーリは、バイオレンス映画の人気プロデューサ、マイクが仕事を巡るトラブルから、殺し屋に拉致されて命の危険にさらされることから始まる。一方、FBIが極秘に開発した犯罪防止のためのハイテクシステムの評価を任された元NASAのエンジニアが、そのシステムに対する疑念に悩み、情報をこっそりマイクに流すなか、偶然にもシステムが捉えた彼の拉致事件を通じて、このシステムが持つ恐ろしい矛盾の事実を知ってしまう。

マイクとエンジニアとその周辺の様々な人物を通じて、暴力の終わりというテーマが、最先端の社会である情報社会と、家族という最も原始的な人間社会の遠近法を通じて描かれていく。人々の思惑と愛憎が絡みながら、物語は思わぬ方向に展開してゆく。サスペンス映画として観ても、それなり手に汗握る場面もあって十分に楽しめる。しかし、ラストで観る者にこの作品のタイトルに表されるテーマ「暴力の終り」が再び突きつけられ、波乱の一時をくぐり抜けた主人公マイクが彼なりの結論を独白するのだが、言葉は平坦でもやはり内容は難しいものである。ある意味、未消化の重いテーマを観る者の考えに委ねて物語は幕を閉じる。

僕はこの映画を日本で劇場公開された1998年に、東京の恵比寿にある小さな映画館で観た。並ぶ必要はない程の評判だったが、上映時間の直前に入り口の前で待っていると、前回を見終わった観客が、皆何とも言えない複雑な表情で中から出てきた。結婚前の妻とのデートだったのだが、ストーリも知らない僕たちは、その人たちの表情をみて何となく笑っていた。泣いてる人はいないし、興奮している人もいなかった。笑っている人もいなかった。一様に目の焦点が脳みその方を向いている、そんな表情だった。2時間余後、僕たち二人も同じ顔をしていたのだろう。

ギタリストのライ=クーダは、アメリカン・ギターミュージックの神様のような存在で、多くのヴィム=ベンダース作品で映画音楽を担当している。前出の「パリ・テキサス」「ブエナヴィスタ・ソシアル・クラブ」はともにライの存在なくしては語れない作品である。僕はこの映画を見終わってから、DVDが発売されるのを待ちきれずに、サウンドトラックのCDを買ってしまった。音楽ももちろん素晴らしいが、それ以上に映画の印象が強かった。僕としては珍しいCDの買い方をしてしまった。

この作品から、はや8年。あらためてこれを作った人たちの時代観には脱帽である。僕は観たことはないが、いま話題の「ロード・オブ・ザ・リング」も、もちろん結構かと思う。だが、それとはまた別の意味での映画の素晴らしさを実感できる作品として、これを是非ともおすすめしたい。




Ryland Peter Cooder -The Master and his Music

Wim Wenders official site