10/22/2004
tohko「籐子」
職場のチームメンバーが、携帯型音楽プレーヤの市場についてショートレポートをまとめるというので、そのラフ版を見せてもらった。アップルのiPodに端を発したブームのおかげで、この世界はいま非常に活気があり、いろいろなメーカからいろいろな製品が出されている。人気のiPodは小型のハードディスクにたくさんの音楽が収録できるのが魅力だが、これはいくらデザインがよくてオシャレだと言われても僕の感覚には合わない。ハードディスクといういかにも壊れやすそうなものを持ち歩くことに抵抗があるのと、電源が専用の充電池なので出先で電池が切れたらどうしようもないという不安がどうしても拭えないのだ。
僕は、Rio500というMP3プレーヤの草分け的傑作品を持っていて、それにメモリを増設して重宝していた。とにかく軽いし、振動にも強いので、通勤だけでなく散歩しながら音楽を聴いたりするのには持ってこいのアイテムだった。だがこれにはいくつか欠点もあった。1つはメモリが少なくて128MBを増設してもせいぜいCDにして3枚分しか入らない。そこで頻繁に入替が必要になるわけだが、これが意外に面倒でしかも音楽の転送の際に電池を激しく消耗した。もう1つは、増設用の着脱式スマートメディアが、僕にはどうにも頼りなさげに感じられ、いつダメになるかと気が気でなかった。そもそも半導体メモリなどというものは、いくら安全にパッケージされているとはいえ、本来はつけたりはずしたりするようなものではない、という古い(?)考えがどうしても抜けないらしい。予想通り、それはしばらく使っているうちにメモリカードを認識できなくなり、壊れてしまった。
ということで、愛用して来たRio500が壊れてしまって以降は、元に戻ってもっぱらソニーのCDウォークマンを使ってきた。重いし振動には弱いという欠点はあるが、やはりすぐにCDを入れ替えられる手軽さは、僕のようにいろいろな音楽を聴く人間には捨てがたいものでもある。それでもときおり起こる音飛びには我慢を重ねる毎日だったのだけれど。
メンバーの作ったレポートイメージを眺めていると、少し前にRioからSU10という製品が出ていて、内蔵メモリが1GBというモデルでありながら、価格は23,000円台とお手頃だということを知り、いつもの思い込みが激しい性格で、僕の心は急速にその商品に惹かれていった。その週末にはちょうどひきはじめだった風邪をおして、川崎のヨドバシカメラに出かけていった。店頭では、既にその商品は新製品に場所を譲っていて展示されていなかった。新しいSU70では液晶がカラーになったとか店員がいろいろ説明をしてくれたが、値段は高いし僕の心は動かなかった。僕がSU10を指名すると、店員はすぐに出して来てくれた。値段を確認した僕は、迷わず赤の1GBモデルを購入した。
ちょうどお昼前だったので、ヨドバシカメラと同じショッピングビル「ルフロン」1階にある「カフェハイチ」で目玉カレーとコーラを注文した。天気がよかったので、家に帰って早速SU10に音楽を入れて、多摩川あたりを散歩しようと思った。何を聴こうかなとわくわくしてみたものの、最近聴いていたジャズピアノはちょっと散歩の音楽には違うと思った。尺八でもないし、クラシックの室内楽、それもちがう。ここはやっぱり気楽にJ-Popがいいかなと考えたときに、急に頭の中で2つの歌メロディがほぼ同時によぎったのだった。僕はそれが同じアーチストの曲だったはずだとは感じたのだが、とっさに名前が出て来ない。たしか、小室哲哉プロデュースの女の子だったはずなのだが…。運ばれて来たカレーを食べながら、しばらく思い出してみると「トーコ」という名前が浮かんで来た。
しかし曲名はどちらもさっぱり思い出せない。というのも、僕はその子のCDを持っていなかったし、人から借りたり聴かせてもらったことはなかったのだ。ただテレビで見かけて耳にしたりしたものをどこかに覚えていたのだろう。だから曲名を知らないのも無理はない。早速、その足でCD屋さんに出かけてみた。その店では既に彼女のコーナーはなく、「J-POP:と」のコーナー売り場に置いてあったアルバムジャケットを見て、そのうちの1曲が「BAD LUCK ON LOVE」というタイトルだということを思い出した。それは、当時の職場仲間とカラオケに行った際に、女の子のひとりが「これなかなかいいんですよ」と挑戦して、曲の途中で呼吸困難に陥ったという思い出とともに、僕の頭の中によみがえって来たのだ。もう1曲のタイトルはやはりわからなかった。
今回の作品は、そのtohkoのデビューアルバムである。僕はこれをそのお店で買わずに、近くにある中古ショップのブックオフで手に入れた(トーコさんゴメンナサイ)。これは一昔前のJ-Popを楽しむ際の決まりごとのようなものである。彼女に限らず、というかそれ以上に、宇多田も浜崎もサザンもビーズも、こうしたお店には一昔前のミリオン作品の中古品が山のように置いてある。値段はもう大変なものである。こんなお店が全国にたくさんあるのだから、いったいミリオンヒットとは何なのかを考えてみるに、音楽とビジネスの奇妙な関係としか言えない不思議な思いに駆られる。まあ何かその音楽によいところがあるのは間違いない、しかしその反対にほとんど売れない作品はいいところがないのか、というと決してそんなことは無いのである。ともかくそれが僕とこのCDの出会いだった。
家に帰って、早速聴いてみた。はじめて全編通して聴いた彼女のデビュー曲「バッド ラック オン ラブ」。3分半と割と短い曲だが、彼女のヴォーカルの素質が全編にみなぎり、曲の構成も相まってその迫力に圧倒されてしまった。サビの部分で、彼女の声が、エレキギターの鳴きの音みたいにメタリックな輝きに聴こえる瞬間があって、一瞬凍りつく思いがした。この曲は、小室氏の片腕といわれた日向大介とglobeのマークが共作した曲だとわかったが、サウンドはもう小室のそれである。もう1曲の曲名は「LOOPな気持ち」だった。これはテレビのコマーシャルかなにかで使われていたものだ。僕はこの2曲を含めた全12曲をSU10に入れて、散歩に出かけた。ちょうど天気もよくて暖かな日曜日、音楽は散歩によくマッチした。
久しぶりにこういう作品を聴いてみて、このtohkoという人の歌の才能に少々驚いた。声の伸び、音程、そして安定感といった基本的なところでの上手さがある。高音域で伸びる歌声は、聴くものにある種の緊張感をもたらすものであるが、tohkoの歌声はそれでもどこか童的というか和みを感じさせてくれるのがいい。彼女は当初は宝塚を目指していたというから、歌の素質は天性のものだったのだろう。このアルバムを録音した頃はまだ大学に在学中で、それも保母の免許を取得して無事に卒業されたのだそうだ。その後もアニメの主題歌やミュージカルへの出演など、いろいろと音楽の活動を続けていらっしゃるようである。
そしてもう一つ、あらためて小室哲哉という人のすごさを感じた。彼は、本当にその人のキャラクターを見抜いた的確なプロデュースをしていると思う。彼について、ショービジネスの成功物語とその時代としてだけ語られるのは、なんとも空しい話である。まだ10年も経過していないのだが、あの頃の作品をヴィジュアルの面や、いくつも収録された頼りないリミックステイクや、そして中古ショップに溢れた商品という様な点で見れば、確かに色褪せたものを感じる。しかしそうしたものは、はっきり言って音楽の本質には関係がない。本当にいい歌はアカペラでもいい。その意味でも彼の一連の作品は音楽の歴史に残るべきものだと思う。
技術の発達で、音楽はますます手軽に楽しめる時代になっている。しかし、それは決して音楽が使い捨てになるということを意味しているわけではない。技術は、ひとたび世に放たれた音楽をずっと記録に残すこともまた容易にしているのだ。作品として世に放たれた音楽には、その時点で命が与えられたようなもので、それはそのアーチストの名誉でもありまた責任でもある。この作品は、はっきり言っていまこの時点では、ほとんど忘れ去られようとしている歌なのかもしれない。しかし、街中で不意に僕の耳によみがえって来たそのメロディは、作品としていま聴いてもまったく色あせない、彼女の新鮮で力強い息吹がとじ込められていて感動的だった。
アーチストtohkoとしての新作がリリースされていないのがちょっと残念に思った。なんとかこの素晴らしい歌声で息の長い活動を期待したい人である。
籘子 tohkoさん自身による公式サイト
Rio Audio
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