3/19/2004

ソニー=ロリンズ「ザ ソロ アルバム」

渋谷の道玄坂にあるジャズ喫茶Jazz@Grooveさんが、今月をもって閉店することになったらしい。これで渋谷からはジャズ喫茶と名乗るお店はなくなるのだそうだ。僕もこのお店には何度か足を運んだ。狭い店内に大きなスピーカー。対面式でない座席、つまり学校の教室のようにスピーカーに向かって席が並んでいる。そして大きな音量。もちろん人とお話などはできない。はじめて行ったとき、一番前の席しか空いてなくて、まあいいかとスピーカーとはパソコンのモニターに向かうぐらいの距離で、ジャズを浴びた。はっきり言って気分はよかった。1時間ぐらいして、マスターがとんとんと僕の肩を叩き、後ろのテーブルが空いたことを教えてくれた。場所は道玄坂のホテル&風俗街のはずれにあり、経営はとても苦しかっただろうと思う。

僕もいずれは音楽を聴かせるお店をやってみたいなどと夢のようなことを考えている。でも少し仕事で経理とかをかじったら、それは非常に難しいということがよくわかる。喫茶店というだけでも経営は難しいのに、そこへわざわざ対象客をジャズ好きに思いっきり絞り込み、お客は一杯のコーヒだけで何時間も入り浸り、私語厳禁などと店内に貼り出してしまうわけだから、これはもう今日のシビアな感覚から言えば、儲け度外視の自己満足でやらなければとても無理である。

ジャズ喫茶が消えるというのはもちろん淋しいことだが、なにかそこにジャズ(というか「あの頃のジャズ」とでも言いたげなセマーい文化)そのものが招いた、必然のようなものがあるようにも思う。その喫茶のすぐ近くにある名曲喫茶「ライオン」は創業80年の老舗だが、未だに健在である。クラシック音楽にそれほど興味がない人にも、ぜひ行っていただきたい。しかしJazz@Grooveさんについては、大変申し訳ないが、相当ジャズが好きという人以外にはあまりお勧めする気にはなれない。それだけストライクゾーンが狭いのだ。

一般の人にとって、ジャズと言えば浮かぶイメージはやはりサックスではないだろうか。とりわけテナーサックスは、ジャズのシンボル的楽器と言えるだろう。僕自身もジャズにのめり込み始めた当初は、サックスの作品ばかり立て続けに買った時期があった。その頃は、まだテナーとアルトの区別もろくにつけられなかったものだ。

では、一番ジャズらしいテナーサックス奏者は誰か、という馬鹿げた問いをあえて設定してみれば、いろいろご議論は絶えないことと思うのだが、これまた多くのジャズファンからすれば、それはソニー=ロリンズということになるのではないかと思う。ちなみに僕にとってのテナーのヒーローはジョン=コルトレーンである。しかし、コルトレーンを心良く思わない人もいることをよく知っている。さっきの話ではないが、1960年代後半以降、ジャズを難しい顔をして聴くような、ある意味、排他的なイメージを持たせた戦犯として、真っ先に槍玉にあげられるのは大抵コルトレーンだ。

その点、ロリンズを悪く言う人はあまりいない。あまり聴かないという人はいても、はっきり嫌いだという人にはお目にかかったことがない。ジャズをある程度集めた人なら、彼の1950年代の名作の数々を、誰しも数枚は持っているに違いない。僕自身も、もちろんたくさん持っている。でも、僕がよく聴く、というか時折どうしても聴きたくなるのが、他でもない、1986年録音の「ザ・ソロ・アルバム」なのである。

あーもっとロリンズのソロを聴きたい、という方にはこのうえない作品だと思うのだが、どうもあまり人気のある作品ではないようだ。タイトルからもおわかりのとおり、演奏者はロリンズただ独り。つまり完全なソロコンサートだ。場所はニューヨーク近代美術館の中庭。ここでほぼ1時間にわたってロリンズがひたすらテナーを吹き捲くる。途中、いろんなスタンダードナンバーの断片がヒョッコリと顔をのぞかせては、客が沸く。これを生で聴いた人は本当にラッキーだ。

こういう企画を仕掛ける人も大したものだと思うが、これを受けたロリンズ氏もさすがだと思う。裏ジャケットでしてやったりと微笑んんでいる彼の写真が好きだ。後半ちょっと疲れたようにも聴こえるが、全編ご機嫌なサックス演奏が一杯である。大きな川にかかる橋の下とか、ひろい公園の木の下とか、大学の学生会館の裏とか、駅前の雑踏のガード下とかで、一人でサックスを練習する人が、突然こんな風に吹き出したら、たちどころに人が集まってくるに違いない。多少の編集はしてあるらしいが、それにしてもすごいパワーだ。おまけに楽しい。

ロリンズ氏は御年74歳。最後のジャズの巨人とかいわれるが、2000年録音の近作「ディス・イズ・ホワット・アイ・ドゥ」でも、お元気で何よりである。先にとりあげたドラムのマックス=ローチ氏とグループを組んで大ヒットしてから、もう半世紀が過ぎたわけだ。自分のスタイルをベースに新しいことに挑戦し続ける姿は、まるで奇跡のようだ。すぐに諦めてはいけない。

The Complete Sonny Rollins
Jazz@Groove
MoMA:ニューヨーク近代美術館(時折のぞくと楽しいです)
名曲喫茶ライオン