4/17/2004

セシル=テイラー「ダーク トゥ ゼムセルブス」

Cecil Taylor Unit:  昨日、妻の職場の同僚の方に、東京の下高井戸にある「爺(じじぃ)」という小料理屋にお招きいただいた。この人も大した音楽好きで、先週一度、妻と3人ではじめてお食事をしたのだが、音楽談義が不完全燃焼に終わったため、急遽、別途デュオセッション開催のご提案をいただき、快諾させていただいた。会場は、彼が昔住んでいたという下高井戸にある、馴染みのお店が選ばれた。マスターこだわりの素晴らしいお魚料理と焼酎セレクションがイケルお店である。今回はなかなかその方面の話もはずみ、たまたま来店されていた彼のお友達も交えて楽しい時間を過ごさせていただいた。

 下高井戸ははじめての街だった。ラーメン屋さんとたいやき屋さんが目立つ、意外にこじんまりとした街だ。東急世田谷線にもはじめて乗った。通っている病院がある田園都市線高津駅から向かったのだが、同じ東急線のはずなのに切符売り場の路線図に情報がない。駅員さんに尋ねてみて、それが均一料金制の路面電車であることを知った。なかなかの風情である。もっと長く乗っていたいと思った。路面電車で横浜、横須賀、鎌倉と通りぬけて、伊豆あたりまで行けたら楽しいだろう。

 宴たけなわになったのが、さすがに終電車の時間が近づいたので、僕は中座させていただいた。ところが、結果的に最後の2駅は歩くはめになった。ちょっと近道しようと入る路地を間違えてしまい、引き返そうとした拍子に、何年ぶりかで派手に転んでしまった。左の手のひらにこれまた何年ぶりかで擦りむき傷をつくってしまうというおまけ付きで、家にたどり着いた。まあそうそういいこと楽しいことばかりでは気持ち悪いので、この傷はよいおまけとしておく。

 音楽の収集にも突然のつまづきがあることは、前回のろぐにも書いた。今回の作品の演奏者であるセシル=テイラーをはじめて聴いたとき、僕にとっては宝物を発見したときのような喜びであった。しかし、多くのジャズ収集家で「フリーは聴かない」という方のコレクションにも、セシル=テイラーは必ず1枚ある。少なからずのコレクターにとって、その存在はコレクション上の事故であり傷痕となっていると思う。

 ○○レーベルBest100などという企画は、LP時代にもCD時代にも何度となく行われて来た。ブルーノートが日本ではじめてCD化された時も、「ブルーノートCDスーパー50」という企画で気勢をあげた。当時大学生だった僕もこれを全部そろえようか真剣に考えたものである。CDで本格的にジャズを聴きはじめた僕らの世代にとっては、ブルーノートへの扉を開く大きなきっかけとなった。

 その50枚のなかに、セシル=テイラーの「コンキスタドール」が入っていた。もちろんこれはその価値がある傑作であり、ブルーノートの1000タイトルにおよぶ傑作群のなかから、あえてこれをセレクトした企画担当者殿はエラい。しかし、キャノンボール=アダレイの「枯葉」に聴き入り、バド=パウエルに胸を踊らせ、アート=ブレイキーのジャズメッセンジャーズに酔いしれ、と、わくわくドキドキのジャズ体験を始めた人が、「次はどれを買おうかなー」でコンキスタドールを引いてしまったとしたら、そこに気の毒な結果を想像することは決してアンフェアなことではない。事実、僕の知人にも「最悪や〜」と被害報告を電話で寄せて来た人がいる。彼のコレクション棚の奥にいまもその傷跡は残っているはずだ。

 この作品は、1976年7月、ユーゴスラビア・ジャズ・フェスティバルでのライブ録音である。フロントには、往年の盟友、アルトのジミー=ライオンズ、トランペットのラフェ=マリクの2名に加えて、テナーに、なんといまや21世紀ヨーロピアン・フリーの旗手とも言えるデヴィッド=S.ウェアの若き日の勇姿を聴くことができる。そしてドラムがマーク=エドワーズという5人編成。ベースはいない。演奏は"Streams and Chorus of Seed"と題された1曲のみ。僕はテイラーのCDは十数枚持っているが、いまのところ一番の傑作はこれだと思っている。昨日もこれを聴きながら世田谷線に乗り、下高井戸の街でコーヒーを飲んだ。気分は最高であった。

 彼の音楽はそのスタイル上、フリーといわれているが、実際にはかなり綿密な作り込みがなされている。このようなユニット作品でも事前に相当な時間をかけた音合わせが行われるのだそうだ。「ジャズの10月革命」を象徴するマイケル=マントラーの「ジャズ・コンポーザーズ・オーケストラ」でも、テイラー氏は重要な役割を担っているが、作品の中ジャケットに彼の演奏している手を斜め後ろから捉えた有名な写真がある。本来なら楽譜を並べるところに、雑誌のグラビアなどの写真があたかも楽譜であるかのようにちりばめられているのだ。これはイカしている。

 ちょっと二日酔い気味なのと、最近ややろぐが冗長気味だったので、今回はこの辺にしておく。

Cecil Taylor
Cecil Taylor Sessiongraphyセシル=テイラーの全演奏記録を網羅したデータベース(お見事!)
David S. Ware
Michael Mantler(Jazz Composers Orchestraのスコアもあります!)
東京急行電鉄

おまけ:デジカメの写真を整理していたら、2、3週間前に近所のお寺で撮影したしだれ桜の写真が出て来た。(実物はもう少し見事な感じであったのだが・・・)
sakura